1736年諏訪田沢村(現在の茅野市宮川)に産まれた坂本養川(さかもとようせん)は、現在の茅野市・原村を中心とした諏訪藩に40年以上かかって、18本以上の用水路を作りました。
「養川せぎ(ようせんせぎ)」と呼ばれています。
諏訪地方のおもなセギと米の取れ高の変化